VOL.3 北海道大学大学院理学研究院教授 加藤昌子先生(2007年10月)

一人前の人間として生きていくために

小中学生のころは「理系少女」というわけでは全くなく、むしろ国語や歴史に興味がありました。ですが、高校で進路を選択するときに「理系しかない!」と思ったんです。それは、一人前の人間として社会で生きていくために、理系を学ぶことはどんな分野でも役にたつだろう、と思ったからです。「つぶしがきく」というと言葉が悪いですが、きちんとした基盤があれば何でもできる、と。
それだけでなく、自然の摂理やその仕組みを解き明かすこと、理にかなったものの考え方などにはとても興味がありましたから、なんとなくの憧れもありました。そうして、地元でもある名古屋大学の理学部へ進みました。大学2年の教養部のとき、化学実験を行なって非常に興味をもち、以来その世界に入り込んでいます。

何を学ぶにしても、自分が「面白い」「何だろう」とドキドキしながら取り組めるのが、いちばん大事ですよね。私の専門である「金属錯体」は金属と有機物の複合体で、今までにない新しい機能をもった物質を生み出したり、その構造を明らかにする研究をしています。実験をしていると、宝石のようにカラフルな色が出たり、ピカッと光ったりもします。顕微鏡をのぞいて新しい発見があるとうれしい。そういう、わりと単純な喜びに出会ったことから、今の研究が続いているのだと思います。

一本道ではないけれど、いつも自分のできることを

大学院を出て、当時は一般企業の研究職で女子の就職口はありませんでしたから、学生時代から受託学生として在籍していた研究機関に就職しました。給料をもらって研究できるなんて、すばらしいことだと思って。
その後、同じく研究職の夫と出会って結婚し、出産もしましたが、仕事をやめようと考えたり迷ったりしたことはありません。もちろん、子どもが小さいと突然の予期せぬ事態がおこったり、自分の力ではどうにもならないこともあります。でも、「なんとかなる」という自信はなぜかありました。あまり深く落ち込まない気質なのかもしれません。それか、大変なことは後になると忘れてしまうのかもしれないですね。

子どもを持つ働く女性なら、研究者に限らずのことと思いますが、夜は早く帰るとか、仕事が終らないときに子どもを研究室に連れてきて遊ばせるとか、親たちの世話になるとか、周囲の理解と協力は不可欠です。でもその時々で、自分がやるべきこと、できることを精一杯にやる。それは大切にしてきました。
去年子どもが20歳になったのを機に、もういいかなと思い、一人で北大に来る決心をしました。今は、いままで暮らしていた奈良の家に娘を残し、夫は職場のある東京で生活しているという状態です。あまり皆さんのお手本にならないと思いますが、こんな人生もあり、と思ってくださればよいと思います。